GAINARE×Peeba Player’s focus / No.7 MF 小井手 翔太
今回のPlayer’s_focusは「小井手 翔太」選手をFocus!
正確なクロスが持ち味の小井手 翔太選手。今回は、小井手 翔太選手をもっとよく知るため、彼のバックグラウンドを追う。
No.7 MF 小井手 翔太 背番号7
正確なクロスが持ち味の小井手選手。【必勝・必翔・必笑】という目標の先に見えるものとは。
-サッカーを始める
サッカーを始めたのは幼稚園の頃。もともと体を動かすのが好きで、周りの友達の影響もあってサッカーを選んだ。しかし、小学1・2年の頃にコーチが引退。それをきっかけにチームメイトも次々と辞めていき、彼もチームから離れた。その後、本格的にサッカーをするようになったのは小学4年生の時だ。
中学校に進学してからもサッカーを継続。進学した中学校にはサッカー部がなかったため、地元である福岡のクラブチームにセレクションで入団した。
「このクラブチームっていうのが、福岡大学が新しく立ち上げた中学生のチームなんです。中学3年の時には、チーム名がアビスパジュニアユースになりました。というのも、静岡から藤枝ブルックスが誘致されて、アビスパ福岡とひとつになったんですね。そこに、中学生チームも合流することになったんですが、一からチームを作るのではなくて、既存のチームを受け入れる感じになったんでしょう。僕らのチームが対象になりました。僕らからしたらユニフォームが変わっただけなんですけど。」
アビスパジュニアユースでは、ボールボーイ(ピッチの脇でボールを投げる役)も経験した小井手選手。
「ヴェルディとアビスパの試合でボールボーイをした時は、三浦知良さんのプレーが間近で見えてすごく嬉しかったですね。試合後にみんなで「誰がカズさんにボール渡した?」とか話したりして。」
高校は東海大五高校へ進学。
「中学の時に出場した大会を東海大五高校の先生が見に来られていて、声をかけてもらったのが進学のきっかけです。他のチームからも声をかけてもらったのですが、東海大五高校は県選抜への出場経験がある選手を集めていたので、多分強くなるんだろうと感じたので決めました。」
高校3年の時には、インターハイに出場。
「全国大会に出たのはインターハイぐらいかな。僕が1、2年の頃は東福岡が1番強い時だったので、なかなか全国まで進めなかった。」
また、高校サッカーではMFという今のポジションに繋がる忘れられない出来事もあった。
「それまではFW、ボランチなど真ん中のポジションをしていたんですけど、高2ぐらいの時にサイドハーフっていうポジションに出会ったんです。僕はけっこう走れる方だったので、自分の特性に合っているなぁって感じたんです。」
高校を卒業後、福岡大学へと進学。
「福大の中学生チームに所属していたこともあって、先生は僕のことを知っていたんですね。それで、高2とか早い時期から『お前卒業したら来いよ』ってずっと言われていたんです。けっこう有無を言わさずでしたね。関東の大学とか、プロになることも考えてはいたんですけど。」
プロを本気で考えるようになったのは高校時代だというが、大学に入ってもプロを意識することはあまりなかったという。
「高校の同級生でヴィッセルに行ったのが一人いるんですけど、チームメイトがプロのサッカー選手になることでプロをすごく身近に感じたんです。でも、大学の時は、プロがどうとかよりもチームの試合に出ることを重要視していました。卒業したらプロになりたいなぁ、とは少なからず考えてはいたと思うんですけど、それよりもチームの一員として試合に出て活躍したいって想いの方が強かったです。」
しかしながら、大学に入れば今まで以上にプロの環境に触れる機会は増えてくる。彼自身もプロの人から刺激を受けることは多々あった。
「大学の先輩でJリーグに行く人は毎年1、2人いますし、九州がキャンプ地になった時は練習試合とかさせてもらえたし、身近な存在ではありました。僕の2個上の先輩に、浦和レッズに行った坪井さんって方がいるんですが、1年目にしてプロで活躍するような実力のある人だったんですね。そういう努力をしている姿を見ていると、自分も頑張ればできるかもしれないって思いますね。」
また、大学でのサッカーは学ぶことが多かった。
「より大人として扱われるので、自分の意識がない選手っていうのは置いて行かれるんです。自分がやりたいかどうかの世界。筋トレとかにしても希望する選手に対しては、ちゃんとコーチをつけてくれるし、メニューも作ってくれる。自分をしっかり持っていないと出来ない部分だから、自分で考えるっていうことはすごく学びました。」

-プロの世界へ
大学を卒業後、サガン鳥栖へと入団。
「(ヴァンフォーレ)甲府とか今のニューウェーブ(北九州)とか、色々なチームのセレクションを受けました。ガイナーレのセレクションも受けに行ったんですよ。ニューウェーブとガイナーレはチームに所属させてもらえることになったんですが、大学の先生に勧められてサガン鳥栖も受けに行ったんです。そうしたら運よく取ってもらえることになって、最終的に鳥栖を選びました。」
ポジションはMF。しかし、2年目の途中からDFへと切り替わった。
「サイドハーフで一番やりたかったんですけど、なかなかチャンスがもらえなかったですね。1年目は、怪我の時期がありながらも使ってもらえていたんですが、2年目の最初は全く使ってもらえなくてけっこう悩みました。そんな中、5試合ぐらいサイドハーフで試合に出た機会があったんですね。このチャンスを活かそうと頑張ったんですけど、その時サイドバックをやっていた選手が調子悪くなって、気づいたら僕がサイドバックになっていました。でも、またすぐに膝を怪我しちゃったんですよ。それで1年ぐらいサッカーが出来なくなって、3年目の9月、10月くらいまで棒に振りました。サイドバックは4年目の最初までやっていたんですが、やっぱり気分がそんなに乗らなかったです。やりたいポジションでもなかったし。でも結局、試合に出ないとダメなんですよね、プロの世界って。自分がどうしたら試合に出られるか、自分の特徴を活かせるのは何なのか、をコーチと相談したり、自分で考えたりしました。それで、サイドバックが一番チャンスがあるんじゃないかって思ったんです。だから4年目の最初まで頑張ったけど、だんだん使ってもらえなくなって、Bチームになった。Bチームでサイドバックをするくらいなら、好きなポジションでアピールさせてほしいから、4年目の途中からサイドハーフに戻してもらったんだけど、最終的には上手く行かなかった。」
2004年から2007年までサガン鳥栖で活躍してきた小井手選手。2008年にガイナーレ鳥取へと移籍する。
「4年間鳥栖でやってきて、そろそろ違うチームも見てみたいなって思ったんです。福大の時にフィジカルコーチをされていた方とは、ずっと連絡を取り続けていたんですけど、その人にチームを探していると話したら塚野さんに連絡を取ってくれたんですね。福大の時のコーチと塚野さんは、湘南で一緒だったことがあるんです。塚野さんも僕のことを覚えてくれていて、すぐに話をもらいました。」
彼がガイナーレ鳥取に移籍して一番印象に残っているのは、初ゴールを挙げた時だという。
「移籍して一年目の北九州戦で初ゴールを挙げたのは、今でもよく覚えています。けっこう攻撃的なポジションをしてアシストは何個かしていたんですが、点は取っていなくて。個人的にも焦りがあったんですが、この北九州戦で1-0で勝ってからは連続で何試合か勝てたりもしたので、強く印象に残っています。」
サガン鳥栖からガイナーレに移籍したことで、彼自身のメンタルにも変化があった。
「鳥栖の時は、若かったっていうのもあるんですけど、チームの一体感っていうか「あー僕、今、完全にチームの力になれてないな」って思う時期がすごい激しかったんですね。使ってもらえてる時ともらえてない時の浮き沈みが。けど、ガイナーレに来てからは、試合に出ている、出ていないに限らずチームのために何かしたいと思えるようになりました。年を取ったせいでしょうか?あと、目標が違うっていうのも大きな理由ですね。鳥栖は、チームがひとつになりきれてないし、ひとつのことに向かっていってないなって感じがしていたんです。例えば、4位以内に入れば昇格があるとか、最下位なら降格になるとか、そういうものがなかったから選手個人の目標がばらばらになりがちだった。でも、ガイナーレは目標が明確。4位に入るために、優勝するために何でもしなければいけない。だからこそ、サブの選手も必死になっているし、ベンチに入れなくてもチームのために頑張ろうとする。僕自身そう考えられるようになったし、みんなも同じことを考えていると思います。」
-小井手選手のプライベート
小井手選手が、ガイナーレ鳥取に来て良かったと思う事。
「魚が美味しいです。」
地域によって食べる魚が変わってくるという。
「最初、”あご”って何か分からなかったんですよ。だから”顎刺し”も知らなくて、お店の人に『顎刺しって何ですか?』って聞いたら『飛魚だよ』って言われて。飛魚って食べれるのか!ってすごく新鮮な気持ちになりました。」
鳥取のことは、こっちに来る前から話に聞いていたという。
「母親が昔、鳥取に住んでいたことがあるので。『自然がいっぱいあるし、人はごみごみしてないし、すごく良いところだよ』って言っていました。実際にきてみて、確かに自然がいっぱいあって良いなって思います。サッカーにすごく集中できます。」
オフの日はよく外に出かけるという。
「釣りに行ったり、雨滝に行ったり、砂丘に行ったり。あとは、車で兵庫に行ったりします。城崎マリンワールドとか姫路城とかサファリパークとかあるでしょ。オフはけっこう大人しくしてないですね。1日べったり寝たりするのがあまり好きじゃないんです。8、9時間ほど寝て、疲れが取れたなって思ったら動きだします。」
福岡にいる頃からよく釣りをしていたという。
「鳥取に来るまではブラックバスだったんですけど、こっちに来てからは海釣りに行くようになりました。鶴見とかとも一緒に行きますよ。大きいのは釣ってないけど、スズキとか釣って、家に持って帰って天ぷらにしてもらったり…ん?から揚げか?」
アウトドアな一面を持っている小井手選手。観光地巡りもしているとか。
「鳥取の人に『観光地ってどこ?』って聞いたら、鳥取砂丘や雨滝が鉄板だって。だからこっちに来て真っ先に一人で砂丘に行きましたね。多分、来た次の日ぐらいに行ったんじゃないかな?とりあえず、でけぇ砂場だなって思った(笑)馬の背って言うんですか?向こうまで行くのがすごいきつかった。上から見た感じはそんなにきつくなさそうだったのに。登って行くのは大変だったけど、海が見えたときは感動しましたね。」

-尊敬する人
「宮原祐司さんですね。昨年からアビスパ福岡に所属していて、僕の1個上の人です。東福岡高校出身なんですけど、高校三冠達成した時のエース。東福岡出たあとは名古屋グランパスに入って、アビスパに行って、鳥栖にきたので同じチームになったんです。僕らはいつも福岡から鳥栖に通ってたので、一緒に帰ったりもしたし、すごい仲良くさせてもらいました。そこから僕の人生観はすごく変わりましたね。サッカーに対する真剣さはもちろん、食生活に気を使っているところ…国産のものとか有機野菜とかを選んでいるところとか、周りへの気配りとか。けっこう人生観を変えられました。一番尊敬する先輩です。」
-2010年開幕
ついに今シーズンが開幕し、今年こそ良い成績を残したいところ。小井手選手は、今年1年にどんな想いをかけているのか。
「今年絵馬に書いた言葉は『ひっしょう』。『しょう』の漢字が3つあるんです。『必勝・必翔・必笑』。絶対に勝って、チームも僕も良い意味で羽(翔)ばたいて最後は絶対に笑いたい。この想いで今年一年は頑張っていきたいです。」
Profile:小井手 翔太(Shota Koide)
1981年9月29日生まれ。
福岡県出身。
東海大五高等学校。福岡大学。
大学卒業後、サガン鳥栖(04年~07年)-ガイナーレ鳥取(08年~)
[身長/体重]173cn/69kg

Profile:小井手 翔太(Shota Koide)





