GAINARE×Peeba Player’s focus / No.13 MF 美尾 敦

今回のPlayer’s_focusは「美尾 敦」選手をFocus!
GAINARE×Peeba Player’s focus / No.13 MF 美尾 敦

左足から繰り出されるドリブル、シュートが特徴的な美尾選手。今回は美尾選手をもっとよく知るため、彼のバックグラウンドを追う。

No.13 MF 美尾 敦 背番号13
左足から繰り出されるドリブル、シュートが特徴的な美尾選手。高いチャレンジ精神でサッカーに取り組む彼に迫る。

pf_1008_01-サッカーをする毎日
幼稚園年長の頃にサッカーをはじめた美尾選手。
「よく風邪をひいていて、母親と病院に行っていたんですが、その時にたまたまサッカーボールを買ってもらったんですね。毎日ボールを蹴るようになって、どんどんのめり込んでいきました。同じタイミングで兄もサッカーをはじめたので、一緒になってやっていました。」
小学生になると、地元のサッカークラブである原FCに入団。中学の時には、ベルマーレ平塚ジュニアユースへと入団した。
「小さい頃から市や県の選抜に出ていたんですけど、その時に平塚ジュニアユースの指導者の方がテストを受けに来ないかと声をかけてくれました。」
また、この頃にはプロの選手になりたいという強い想いがあった。
「毎日、自宅のあるマンションの駐車場でボールを蹴り続けていたくらい、純粋にサッカーが好きだったし、楽しかった。大きくなってもサッカーをしたいと思っていたし、もっと上手くなりたいと思っていたので、自然とプロを考えていましたね。」
中学を卒業し、湘南ベルマーレユースへ。クラブユースや高円宮杯などの大会を経験した。
「僕が2年の時に、3年の先輩と一緒に出場した大会で準優勝したりしました。」
身近にプロの選手がいるという環境は彼にとって良い刺激となった。
「とにかく夢中になってサッカーをしていました。プロになるという夢を追い続けて、時には厳しい現実に直面したこともあったけど、それもまた良い経験になりましたね。仲間やコーチ、スタッフと一緒にやっていく中で、精神的に大人にならないといけない部分もあって、すごく成長できた時でした。」

pf_1008_05-プロの世界へ
2001年、ヴァンフォーレ甲府へ入団した。
「最初は湘南のトップに行けると話があったんですが、結局は行けなくなってしまった。大学に行く選手もいたんですが、自分はどうしてもプロになる夢が諦めきれなかったんです。ちょうどその時に、ヴァンフォーレのセレクションを受ける機会をクラブ側が作ってくれて、入団することができました。最初は試合に出場したりしなかったり、という感じでしたが、途中から出場機会が増え、いろんなポジションも経験させてもらいました。」
この時のヴァンフォーレ甲府は、年内にクラブが潰れるかどうかと言われるほど経営が苦しかったという。そんな環境下での経験は彼を成長させた。
「お金もない、人も集まらないという状況。練習場ももちろんないし、何から何まで自分でやらないといけなかった。マイナスの状態からやってきたチームだったので、その時の経験は今でも強く残っていますね。」
同年、U-18日本代表も経験している。
「今まで、世界の選手と対戦する機会がほとんどなかったので、試合をしていてすごく面白かった。海外のチームをみても、リーグ戦にバリバリ出ているような選手がいるんですよ。理屈では通用しない部分もあって、学ぶことはたくさんありました。」
pf_1008_032002年には京都パープルサンガに移籍。
「甲府は良いチームでしたし、チームと一緒に頑張りたいって気持ちはありました。でも、自分がプロを目指していた時に応援してくれていた人達に対して、恩返しという意味でも、もっと上のレベルでサッカーをしたいと考えていたんです。J1のチームでやることは今後の自分の人生においても大事になってくると感じて移籍を決めました。」
移籍後、最初の2年間は出場機会があまり得られなかったが、その後、出場数が一気に上がった。
「若い時はなかなか試合に出られなくて悔しい想いをしましたが、それでも続けてきたことがようやくここで形に結びついたのかなぁと思います。試合出場数が少ない時期も、試合に出ていない時だからこそしっかり練習しないといけない、コンディションを整えないといけない、そう思って取り組んできました。もちろん結果を出さないといけないのですが、どんな状況の時でもチャレンジする姿勢を持ち続けることは重要だと感じますね。」
2008年には、ヴァンフォーレ甲府に移籍。再び甲府へ戻ってくることとなった。
「京都から戦力外通告を受けた時に、甲府の方がうちのチームに戻って来いと声をかけてくれました。その頃の甲府はすごく魅力のあるサッカーをしていましたし、ここで原点に戻ることも自分自身にとって良い選択肢かなぁと思いました。実際にチームに戻ってみると、指導者も良いし、チームのレベルも上がっているし、本当に魅力的だった。自分のサッカー人生を変えたのが、甲府に戻った2008、2009年だと今でも感じます。」

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pf_1008_06-ガイナーレ鳥取へ
今年ガイナーレ鳥取へと移籍した美尾選手。
「甲府から戦力外通告を受けましたが、自分ではまだ出来ると思ったし、サッカーを続けたいという想いがありました。色々なチームがある中で、ガイナーレ鳥取は連続で昇格を逃しているし、クラブとしてもサポーターやスポンサー、企業を含めてどんどん大きくなっていかないといけないというビジョンが明確にあった。僕自身、今までに昇格・降格の経験をしてきているので、そういった部分でも力を貸せれたらと思いました。ここで頑張って、ガイナーレをJにあげる、Jで戦えるチームにしていきたいとの想いから移籍を決めました。ガイナーレはとても良い雰囲気を持ったチームだと思います。真剣な中に笑いがあるというか。」
連続で昇格を逃しているガイナーレ鳥取。『今年こそJFLを優勝してJ2へと昇格する』、誰もがこの想いを抱いている。そしてそれは、選手にとっても大きなプレッシャーになっていると感じる。
「でも、どちらかというと今年移籍した俺らがプレッシャーを感じますよ。今年こそ上がらないといけないと思って呼ばれているわけですから。チーム内で話をしていても、昇格できなかったことに申し訳なさを感じている選手が多い。僕もここで半年間ぐらいサッカーをやってきて、JFLは先が読めないリーグだというのをすごく感じています。もちろん相手チームも研究してきますし、一試合を、ワンプレーを大事にしていきたいですね。」

pf_1008_02-プライベート
「オフの日はこどもと遊んでいます。オフじゃなくても遊んでいますけど。今日(取材日)もこの後公園に遊びに行く約束をしているんです。だからこの取材のために家を出る時、俺が逃げ出したみたいな顔をされました(笑)」
美尾選手には1歳8カ月の娘さんがいる。
「やんちゃでしょうがないですね。娘と2人で散歩に行ったりすることもあって、子どもに癒されている時間が多いです。娘は抜群の可愛さです!」
同じチームの選手同士でゴルフに行くこともあるという。
「サッカー選手でゴルフやっている人はけっこう多いですよ。」
とくに喜多選手、小澤選手とは仲が良いとか。
「昔、やっさん(喜多選手)がセレッソにいて、僕が京都にいた頃から面識があったんです。今も同じところに住んでいるので、よくしてもらっています。小澤は…いつも空回りしているなぁ(笑)僕自身コミュニケーションを取るのが好きなので、年齢関係なく仲良くしていますよ。」
鳥取にきてまだ月日の浅い美尾選手。鳥取のことは詳しく知らないというが、鳥取砂丘には出かけたそう。
「実は鳥取砂丘のことけっこうなめていたんですよね。砂丘はそこまで広くないだろうと思っていました。こんなこと言ったら怒られそうだけど、砂場+αみたいな。でも、実際に行ってみて驚きましたね。ここが日本かと疑ってしまうくらい神秘的な場所でした。ただね、ラクダにも乗ったんですけど暇すぎた(笑)」

-今シーズンにかける想い
「J2昇格もですが、最大の目標はJFL優勝。若手もベテランも自分の経験を活かして欲しいし、自分自身もその中でしっかり成長していきたい。今、結果が良かったとしても、今後、試合がどう転ぶか分からない。さきほども言いましたが、後期は前期以上に一試合を、ワンプレーを大事にしていきたいと思います。サポーターの方々にも応援ではなく一緒に戦ってほしいですね。」

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pf_1008_08Profile:美尾 敦(Atsushi Mio)
1983年1月26日生まれ。神奈川県出身。
ベルマーレ平塚ジュニアユース。中学卒業後、湘南ベルマーレユース。
2001年、U-18日本代表を経験。
ヴァンフォーレ甲府(01年)-京都パープルサンガ/京都サンガF.C.(02年~07年)-ヴァンフォーレ甲府(08年~09年)-ガイナーレ鳥取(10年~)
[身長/体重]170cm/60kg

取材協力/創作アジア料理 アイワナドゥ岩戸